× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
先日文教高校を卒業した、中川直人君の作文です
。 僕は小学校一年生の時に東方館に入門しました。 当時の僕はケンケンができない所か、真っ直ぐ歩く事さえ危ない足取りで試合に出ても必ず瞬殺されていました。 稽古に行っても怒られて毎日といっていいほど外の特定の位置に正座をし、いつも館長先生に「松井コーチにあやまらな許してもらえへんぞ」と言ってもらい「ごめんなさい練習させてください」と松井コーチに恐る恐るきくと「じゃかましい正座しとけ・」と怒られ、また正座していました。 僕は当時、運動会が大好きで日曜日はいつも今日は運動会やるのかなぁといつも思っていたのを覚えいます。 中学生になり、よりいっそう練習がハードになって毎日ヘトヘトで家に帰っていました。 だけど少しずつ試合で勝てるようになってきて中学生になってやっと素直に柔道って面白いとおもいました。 小学生の時は正直試合に負けてもあまり悔しいと思った事がありませんでした。 しかし中学生になり柔道が面白いと思える感情が芽生えた事によって悔しいと思える感情もつきました。 僕の柔道人生で一番心に残っているのは、中学三年生の時に初めて優勝した時です。 その試合では階級を一つ上げました。 周りにくらべて僕は比較的に体が体がヒョロヒョロで松井コーチも「多分勝てへんやろなぁ」と言っていはったのを覚えてます。 僕も正直あまり自信がなく試合をまっている時も「負けたらどうしよぉ」とか「ベスト8入るかなぁ」とかを考えていました。 でも試合になると以外と負けず嫌いで負けたくないと思う気持がでて決勝戦までなんとかいく事ができました。 決勝の相手は力が僕より数段強く最初の一分間は心が折れかけていました。 しかし、いつの間にか「やられるんだったらなんでもいいし思いっきりやったろぉ」と、いう想いが出てきてとりあえず思いっきり網打ちをかけた所、思いのほか相手がとんでポイントが取れました。 そしてそのポイントをなんとか死守して優勝する事ができました。 優勝した時にみんなが本当に喜んで下さって正直、優勝した事よりみんなが「よぉやったなぁ」とか「おめでとう直人ぉ」とかゆってもらった事のほうが数倍嬉しかったんだと今、思います。 最後に僕みたいな根性も無いし体も細く、まともに歩けなかっても続けて何かをすると必ずなにかを得る事が出来ると僕は言い切れます。 松井コーチと館長先生、他の先生方や先輩方、それにいつも支えてくれた、お父さんやお母さん、お姉ちゃん、家族のみんなに本当に感謝しています。 PR |
|